[日本バレーボールと経済との関係]
ワールドカップもいよいよ決勝トーナメントを迎え、巷はサッカーの話題で花盛りである。
元サッカー部である私の相棒(キャッシュフローコンサルタント)は、「一ヶ月間は仕事をしませんのでよろしく」と連絡があったきり消息を絶っている。まあ、開催国としてワールドカップを迎えるのは一生に一度のことであろうから、サッカーファンが一ヶ月ぐらい仕事を休んでもバチはあたるまい。こうした事をできるのが自営業者の良いところ。会社勤めの身であっては、仕事を抜け出す口実探しに悪知恵をめぐらす一ヶ月となることであろう。
私はそこまでのファンではないが、熱狂的な応援で知られる浦和レッズの地元ということもあって、Jリーグ創設以降はサッカー観戦の面白さがわかるようになった。もちろん、ワールドカップもマメにテレビで観戦している。
フランスやアルゼンチンといった優勝候補の予選リーグ敗退は意外であったが、さすがにワールドカップ、下馬評の高くないチームであってもすべからく強い。そんな中にあって、はたして日本は大丈夫なのであろうかと非常に心配したが、いざフタをあけて見れば4年前とはケタ違いに強いチームになっている。日本チームの活躍とワールドカップの盛り上がりで、日本は久々に明るく元気な話題に包まれている。
さて、サッカーは世界の檜舞台で戦えるほどに強くなったが、反対にめっきり弱くなってしまったスポーツもある。
バレーボールなどはその典型。私が子供の頃には男女とも金メダルの最有力候補であったのが、今ではオリンピックの出場すらおぼつかないといった状況。
この状況と非常によく似ているのが日本の経済である。
かつて、アメリカをして「誰も日本を止められない」とまで言わしめたほどの競争力を誇っていた我が国が、今や国債の格付けにおいては先進7カ国中最下位という有様。さらに、一向に進まぬ構造改革と政治腐敗といった要素を考慮すれば、これがオリンピックなら、入賞どころか出場すらも危うい位置にいると考えられる。
さて、日本バレーボールがかつての栄光を取り戻すためには、それなりの戦略というものが必要なのであろうが、実際に試合を見ていると、他のスポーツ同様、戦略以前の問題、つまり屈強なる他の人種との体格差から生じるジャンプ力やパワーの差といった基礎的な能力の差を感じざるを得ない。そうしたハンデを物ともしなかったかつての栄光はまさに驚異である。
一方、経済活動においてはどうなのかと言えば、もちろん体格差は何の言い訳にもならないが、しかし「ビジネス」という団体競技において日本というチームが弱くなってしまったのだから、その根本にはバレーボール同様、戦略以前の問題、つまり個々の会社、個々の社員の基礎的な能力に問題があると考えるのが自然である。
そう、現在の日本の経済活動においては「基礎的なビジネス能力の絶対的な不足」という事実が確かに存在するのである。
[日本のビジネスに不足する3つの能力]
では、その「不足している基礎的能力」とは何なのか。
まずその1つ目はファイナンシャル・リテラシー。要するに「お金」に関する知識である。
ファイナンシャルプランナーとして話をする際、いつも言うことなのであるが、ほとんどの日本人は、初めてお小遣いをもらった時に、親から「無駄遣いしちゃイケナイのよ」と言われた以上の金銭に関する教育を受けずに社会に出てしまう。そして、会社に入ってもお金に関する教育や研修は行われない。その結果「金融のことは苦手」「家計は家内に任せきり」と公言してしまう社会人が圧倒的大多数となっている。
経済という名の競技において「お金に関する知識」が欠如した選手ばかりでは試合に勝てるはずもない。日本経済が低迷することは当然の結果なのである。
2つ目はマーケティング知識の不足。
これはお金に関する知識以上に不足している。「マーケティング」という言葉自体、ビジネスマンなら誰でも耳にし、日常的に使っているにも関わらず、何となく雰囲気を把握しているだけで、ほとんどの人が正しい定義すらできていない状況にある。その証拠に、会社や業界によって「マーケティング」という言葉の使い方はバラバラである。
経済活動とは、まさにマーケティング競争なのであるから、この知識が不足・欠如していては、何の戦略もないままに競技に参加しているようなものであり、絶対的不利に陥るのは必然の結果であろう。
そして最後は規制の問題。
日本という国は、長きにわたる同一政党の支配体制により、献金と票数獲得のためのあまたの規制が横行し、それに守られて多くの産業や企業が存続してきた。それが突然「今日からは自由競争ですよ。自己責任ですよ」と言われ「さあ、どうぞ戦って下さい」と突き放されても、選手には戦う体も心構えも出来ていない。例えて言えば、長期で入院していた患者に突然退院を言い渡し、歩くだけでもやっとの状態で屈強なアングロサクソンと殴り合いをしろと言うようなもの。これでは勝負にならないし、命があるだけでもありがたいと思わなくてはならないだろう。
余談になるが、この「規制」や「保護」というもの、現在の日本のように高度に発展してしまった国においては、ほとんどの場合、弊害しかもたらさない。事実、規制に守られていない企業や分野に限って国際的な競争力を保持しているケースが多々見受けられる。時の政府から四輪自動車市場への参入を止められたホンダなどはその典型であろう。もっと顕著な例をマイケル・E・ポーターの本で読んだことがある。農業は古くから規制に保護されて来た産業の代表であり、その結果として国際競争力はほとんどゼロの状態。そんな中、「種」や「苗」は保護の対象から外れていた分野であったため「サカタのタネ」という会社は、早くから海外進出を図った結果、世界のパンジー種子市場の70%、アメリカのブロッコリー種子市場の80%のシェアを誇り、世界130国以上に輸出を行う実績を築き上げるに至っている。つまりは余計な規制さえしなければ、日本企業はこうした力を発揮できるのであって、金や票欲しさに規制を死守しようとする族議員たちの行為は反国家的な大罪に値するものなのである。
[意識改革なくして会社の存続なし]
政治への不満はキリがないのでやめよう。上記3つの基礎能力の不足がもたらす競争力の低下は、当然、個々の企業においても当てはまる。これが不足していては経営は成り立たない世の中なのである。
例えばお金に関する知識。中小企業の経営を双肩に担う社長が「数字のことは税理士に任せてある」であっては、会社が存続出来る方が不思議なのである。ましてや、税理士という肩書きを持つ人の中でまともな仕事が出来るのはせいぜい2割程度なのであるから。
社員教育も同様。つまらんモチベーションアップの研修にお金を払うなら、信頼できるファイナンシャルプランナーを雇って、社員にお金に関する正しい知識を与える方がはるかに効果的。それを、顧客無視の姿勢が明らかな大手漢字生保のセールスレディなどを会社に出入りさせていたり、いまだに言われるがままに契約書に印鑑を押してしまうような金銭感覚しかない社員ばかりの会社では、先が見えていると言われても仕方がない。
マーケティングに関する知識に言及すると、例えば、ごく基本的な理論として「CS(顧客満足度)」というものがある。このCSという理論が「効率論」であるということを正しく認識できているだろうか。本来、リストラには絶大の効果を発揮する理論であるにもかかわらず「CSは大切だが今は余裕がない」などと正反対の言葉を口にする経営者は非常に多い。こうした例は枚挙に暇ないのである。
そして競争に臨む姿勢。年功序列の固定給などという体制は、もはや完全に過去のもの。非現実的な体制でしかないのである。こうした根本的な問題に疑念も抱かず、10年前と変わらぬ経営環境のもとで、社員にいくら「戦え」とハッパをかけても無理な話。事実、固定給の会社と能力給の会社では、その業績にはっきりとした差が出て来ている。
このような意識改革は企業の存続にとって不可欠のものであるということをしっかりとご認識いただきたい。上記3つの基礎能力なくして、小手先の戦略などいくら考えても焼け石に水なのである。フィリップ・トルシエは、日本代表にサッカーに対する基本的な意識改革をもたらした。その結果としての日本代表の躍進であり、日本サッカー協会の旧泰然たる意識下にあっては、決勝リーグ進出など、夢のまた夢であったに違いない。
このコラムは平成14年「企業情報」に掲載されたものです。
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